「垂直の記憶」(NHK-FM)

脚色がなかなかうまくできており、単に、原作を朗読するのではなく、ドラマ仕立てにしたのも成功だったと思います。原作というより原案と言えるでしょう。原作のフレーズは出てきますが、そのままではなく、判りやすくかみ砕いた状態でセリフにし、ドラマ化されています。原作にはないポタラ峰の登頂が「新たな章」として描かれているのもよかったです。
最終回まで聞き終えて、原作を読み返したくなってきました。
パッケージ化および脚本の出版化希望。


垂直の記憶―岩と雪の7章


<簡単なあらすじ>
フリークライミングを始めたばかりの高校生(オガタショウタ)が、奥多摩の岩場で山野井泰史に会った。最初に会ったときは山野井のことを知らなかったショウタだが、雑誌で山野井のことを知り、『垂直の記憶』を買い、読み進めていった。
物語は、《ショウタパート》と、ショウタが読んでいる《垂直の記憶パート》が交互に登場するスタイルで進んでいく。


以下、ネタバレを含む各話あらすじ。《ショウタパート》を中心に書いています。《垂直の記憶パート》はタイトルのみ。
今週、再放送があります(2月27日から3月3日 17:45-18:00)。楽しみにしている人のために「続きを読む」にしてあるので、内容を知っても構わない、という人だけ、以下のリンクをクリックしてください。


第1回(2月20日
2005年5月。奥多摩の岩場に来た高校1年生のオガタショウタ。来るはずだった友達は、突然来られなくなった、と連絡が入った。一人でどうすればいいんだ、とショウタ。


ショウタは、高校進学してすぐにフリークライミングを始めた。中学時代、野球で県の選抜に選ばれ、推薦も決まっていたが、三年の夏に肩を壊し、地元の公立高校へ進むことになった。高校は退屈で、授業にも友人にも興味が持てなかった。
あるとき、肩の治療で通っていた医者に勧められたのが、フリークライミング。意外にはまり、友人と毎日ジムに通った。一ヶ月後には、本物の岩を登りたいと思うようになった。そして、今回が初めてのゲレンデだったのだが。


一人でやれるだけやってみるか、と思ったショウタの目に、人影が映った。その人物の美しいクライミングに目を奪われた。岩を登り切ったクライマーは、ショウタと目が合うと、声をかけてきた。
「君、ひとりなの?」
一人じゃ危ない、まして初めてじゃ。僕が確保するから登ってみるか、と彼は言う。
ショウタが、彼のビレイで登り出すが、うまく登れない。
そこに彼がアドバイスを出す。それは適確なもので、彼の言うとおりに身体を動かしていると、いつの間にか、岩を登り切っていた。
本物の岩場には、ジムでは味わったことのない気持ちよさがあった。下を見ると、彼が無邪気に笑っていた。
降りて、お礼を言うショウタ。
彼は言った。
「初めてにしてはなかなかよかったんじゃない。ただ、手の置き方がダメだなー。もっと、こう、指をそろえて岩を掴まないと」
彼が目の前の岩を実際に掴んで見せた。その手に薬指と小指がないことに初めて気づいた。
一日登り続け、帰ろうとしたとき、彼が捨てようとした(終了点で使って古くなった)カラビナをもらうショウタ。使うことはできないけど、今日のクライミングの記念にしたい、と。
その日は彼の名前も聞けなかったが、その後、本屋の山岳雑誌で彼の姿を見つけた。そこで初めて、彼の名が山野井泰史であること、世界的なトップクライマーであることを知った。ショウタは『垂直の記憶』を買って帰り、読み始めた。そこには、あの山野井のこれまでのクライミングについてが描かれていた。





第三章 1994年、チョ・オユー南西壁




標高8000m。酸素は地上の三分の一。どんな世界なんだろう。そんな世界をあの人は知っているんだな、とショウタは思う。


第2回(2月21日)
翌日、学校で、昨日来なかったタケダに詰め寄るショウタ。謝るタケダだが、ショウタは納得いかない。
フリークライミングに限らず、ほとんどの場合、山は一人では登れない。山野井も初めてのヒマラヤは集団で登っていた。





第一章 1991年 ブロード・ピーク




もう一度山野井に会いたくなったショウタは、再び奥多摩に向かう。
二度目のクライミング。山野井に教わりながら、ショウタはクライミングについて学んでいった。
山野井のように一人で登りたいと、ショウタは聞いてみる。
友達とかジムの仲間とか、いないのか、と山野井は聞き返す。
なんだかめんどくさくって。仲間とか友達とかいっても所詮つるんでいるだけ。そんなの必要ない、とショウタ。
本当は、どんな山でも一人で、自分だけの力で登りたいんでしょ。だったら、山野井さんにとって、仲間って、パートナーっていったい何なんですか、と尋ねるショウタ。
どんな山でも自分一人の力で登れたらいい。人が嫌いというわけではないが、その方が山を身近に感じられる。稜線の形、雪、岩、風の薫り。そういうのを僕は鮮明に覚えていたいから。でも、残念ながら、すべてを自分一人の力で登れるほど8000mの山は甘くない。
(パートナーとは)命を預け合う存在であることは確かだ、と語る山野井。
その答えにショウタは落胆した。山野井なら、一人で登りたいという自分の気持ちを判ってくれると思ったのに。
ショウタは、帰りの電車で『垂直の記憶』の続きを読んだ。





第五章 1998年 マナスル北西壁
(妙子登場)





山野井と妙子が、命を預けあうほど信じ合える存在であることを知り、それはどんな関係なのだろうと、ショウタは考えるのだった。


第3回(2月22日)
学校で、タケダが今度こそ岩場に行こう、と誘ってきた。しかし、ショウタはそれを断った。
昼休み、ショウタは理科準備室で『垂直の記憶』を開いた。





第六章 2000年 K2南南東リブ
ヴォイテク・クルティカ登場)





週末、ショウタは一人で岩場へ。タケダの誘いを断ったのは、山野井と会っていることを誰にも知られたくなかったからだった。
岩場で山野井の姿を見つけたが、壁を登る彼にはいつもの余裕が全く見られなかった。いったい彼に何があったのか。



第4回(2月23日)
奥多摩の岩場で、山野井はフォールした。
以前は登れていたハングルートに挑んだが、指を失った彼には、まだ難しかったのだ。
『垂直の記憶』に書かれているのは指があった頃の話。あの頃のようにはもう登れないだろう、とつぶやく山野井。
山野井の弱気に、ショウタはこみ上げてくる熱いものを感じた。
今年、二度目のポタラ峰に挑戦する。成功は五分五分だという山野井。
前みたいにいかないのに、どうしてまた登ろうと思ったのか、尋ねるショウタ。
楽しいからかな。昔のように動かなくても、登るのが楽しい。山が好きなんだ、と山野井は答える。
帰りの電車で『垂直の記憶』最終章を読み出した。それは、彼が指を失う原因になった登攀だった。





第七章 2002年 ギャチュン・カン北壁




ショウタが、奥多摩に向かうと、そこに山野井はいなかった。すでに中国に出発していたのだ。なぜそこまでして山に登るのか。ショウタは、山野井が生きて帰ってこれないかもしれないという漠然とした不安を感じた。


第5回(2月24日・最終回)
山野井が中国に発って一ヶ月。ショウタは、一人で岩場を登る練習をしていた。最初は低いところを登っていたが、だんだん登れるようになってきたので、かつて山野井が登っていたルートに取り付くことにした。途中までなら、という気分で。
出だしは意外にするする登れたが、最後の一手で行き詰まってしまった。上にも下にも行けなくなり、焦るショウタ。
そのとき、ショウタの頭に山野井のアドバイスがよみがえった。
「岩を掴むときは、指をそろえて、もっとしっかり持たないと」
最後の力を振り絞り、無事安定したクラックにたどり着いたショウタ。
ショウタは、そのクラックの奥に手紙を置いていった。山野井に宛てて。


夏休みが終わり、新学期が始まっても、ショウタの頭は山野井のことでいっぱいだった。ポタラ登頂には成功したのか、どうなのか。
ある日、うちに帰ると、山野井からの手紙が届いていた。
そこには、無事帰宅の報告、岩場で見つけた手紙のことなどが書かれていた。そして、その後には、ポタラ峰の登攀報告が書かれていた。
あの本にはない、『垂直の記憶』の新たな章がそこにあった。



“第八章” 2005年 ポタラ峰北壁
7月13日アタック出発。荷物は60kg。時間をかけてじりじり進む作戦。
妙子はベースキャンプで待つ。妙子は、出発のとき、がんばってとも気をつけてとも言わない。山の中で、山野井は、誰よりもがんばり、誰よりも慎重であることを知っているから。
稜線に向かってまっすぐ延びるクラックに、手を突っ込んで登っていく。登るにつれ、両手の指は炎症を起こし腫れ上がっていった。まるでソーセージだ。出発前に怪我で左手中指は爪がはがれてしまっている。ただでさえ指が少ないのに、さらなるハンデを背負っての登攀。それでも登るしかない。
ポタラの最大の敵は雨だった。これじゃまるで鯉の滝登りだよ、とつぶやく山野井。
内臓まで冷え切った気がした。それでも、ずぶ濡れになりながらクラックを登り続けた。
厳しいクライミングが続き、登るのがつらくなったとき、山野井が行った対処法、それは--。
「パンダ!パンダ!」
登山と全く関係ないことを言うことで、気分を和らげる、という方法だった。ポタラでの魔法の呪文は「パンダ」。
「パンダパンダ! パンダパンダ!!」
魔法の呪文を何度も叫びながら登っていた。
どんなにつらくてもあきらめるわけにはいかない。この壁を登らなくては。
アタック開始から七日が経っていた。最大の難所。氷の壁が立ちはだかる。
これでは支点も作れない。



「あと少しで頂上なのに」
そうだ、その通りだ。
「今まで必死で頑張ってきたじゃないか」
山のためなら誰よりも頑張れるんだ。
「そうだよ、だから僕は山野井さんが好きなんだ」ようし、行くぞ。
山野井の登攀記録に、オーバーラップするショウタの声。
《ショウタパート》《垂直の記憶パート》が、瞬間、ひとつになった。


ところどころ少しだけ岩が出ているところを、ロープも出さずに登った。
全身の神経が全開となり完全に山と一体化した。
自分のすべての力が引き出されているあの快感。
指を失い、クライマーとしてどん底まで墜ちた自分に、あの感覚が戻ってきた。
その瞬間、今度は行ける、という確信を感じた。
そして、ついに登り切った。
ベースキャンプに戻って、これで次につながった、と思った。
僕にとって一番幸せなときは、ひとつの挑戦が終わり、漠然と未来が見えてきたとき。
今、僕は再び登れるようになった幸せをかみしめている。
僕はとても恵まれているかもしれない。だれでも夢中になれることに出会えるわけではないから。



山野井の手紙を読んで、何かに気がついたショウタ。


後日、岩場でタケダと楽しそうにするショウタの姿があった。
「ジャイオ、ジャイオ」と叫ぶショウタ。タケダにはその意味がわからない。
「ジャイオ」とは、山野井がポタラのルートにつけた名前。中国語で頑張れ、という意味。
ジャイオー!

(了)