「黒部の羆(ひぐま)」(講談社・真保裕一)

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講談社BOOK倶楽部

<感想>
 ある年の11月、山小屋の撤収準備をしていた元山岳救助隊の"羆"は、緊急無線の呼び出しを受けた。剱岳源次郎尾根で遭難者からの救助要請があり、現場に近い"羆"に協力を申し出てきたのだ。救助隊本隊の到着を待っていては間に合わない。彼は一人で現場に向かう事に決めた。

 一方、大学登山部の矢上と瀬戸口は、源次郎尾根登攀中、リードしていた瀬戸口が滑落し、ロープで宙吊りになっていた。矢上は無線で救助を要請。しかし、救助隊が現場に到着するのは明日になりそうだ、とのこと。悪化する天候の中、ビバークを迫られる二人。そこに"羆"が現れた。




 乱歩賞作家による中編アンソロジー赤の謎」の中の一編。「ホワイトアウト」で圧倒的な雪の描写を見せた真保裕一だけあり、雪山の雰囲気は十二分に伝わってくる。アイスハーケン、スノーハーケン(?)の使い方など、厳密に言うと首を傾げざるを得ないところがあったり、学生が剱に来た動機の部分もちょっと納得しかねるが、自己脱出やロープ操作など、全般的にかなり詳細かつ正確なクライミング描写となっていて山ヤも満足できると思う。参考文献に「冬期クライミング」(白山書房)もあがっているし、そのあたりは著者も相当勉強されたのではないかと伺える。ただ、クライミング関連の専門用語が解説なしに多数出てくるので、逆に山を知らない人にとっては分かりにくく感じるかもしれない。

 遭難者の緊迫感、徐々に明かされていく人間模様には、読者をぐいぐいと引き込んでいく力がある。そして、ラストに明かされる"真実"。これにはびっくり。思わず、もう一度最初から読み直してしまった。乱歩賞作家のアンソロジーに収録されているだけのことはあり、ただでは終わらない(あまり詳しく書くと、これから読む人の興を削いでしまうことになるので、これ以上言えないのが残念)。

 ここまで山岳描写とミステリ的要素がうまく組み合わされた山小説は初めて読んだ。中編なのだが、何度も味わえるのでお得感がある。さすが真保裕一だな、と思わせる一編であった。