「絶対に死なない」(講談社/加藤幸彦)

〜最強の登山家の生き方
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絶対に死なない―最強の登山家の生き方
私は、寡聞にして加藤幸彦のことを知らなかった。
しかし、この本を読んで、こんなすごい人がいたのか、とあらためて驚かされた。
彼の波乱に満ちた人生はかなり面白い。


「危険は回避すべきもの」「困難は克服すべきもの」
というのが本書全体を貫くテーマ。
さまざまな情報を集め、経験を積み、直感を鍛えることで、「危険」と「困難」を識別する能力が身に付く。そのためには、あえて最悪な状況を人為的に体験し、それを乗り越えることも必要であり、人為的最悪状況を克服する経験を積んでおけば、偶然遭遇した困難にもある程度対応できる。「危険」を克服しようとするのは、自殺行為にも等しい、と著者は言う。


本書では、著者が高校で山岳部に入り、現在に至るまでの、山を中心とした人生が語られる。
山の話が主であるが、実際の登攀描写は少ない。
一番詳細なのは、第一章の前穂北尾根四峰正面壁「北条=新村ルート」冬期初登の部分。これは、著者自身、『登った当初はもっとも感激のなかったこの登攀が、いまとなっては一番印象深いものになっている』と言うだけあり、かなり細かく氷壁を登る様子が描かれる。
しかし、これ以外に登攀そのものをメインとして描かれる山はない。
ルーアンデスのサルカンタイ南稜を初登したときも『これまでに経験したことのない困難と苦難を乗り越え』の一言で終わらせている。
さらに続けてソライ南稜にも挑むが、そこでも『距離的には短かったけれどもサルカンタイ以上にむずかしい連続した氷の登攀を強いられた。しかし、我々はソライの南稜からの初登頂にも成功した。』で終わり。
登攀よりも、その登山に至るまでの過程やタクティクスの部分に描写の多くは費やされる。
1960年代、70代の話なので、山にたどり着くまでが大変で、許可を得るための交渉や、遠征隊の苦労、そして、その山にかける想いなど、そんな部分の方が多い。


そういう意味では、山を通した人生訓が書かれた本、と言った方がいいかもしれない。説教くさいと感じる人もいるかもしれないが、個人的には面白く読めた。


ヒマラヤのために東南アジアに力を持つ会社に入り、ネパールがヒマラヤ登山禁止を決めると、社長に「新しいマーケットを開拓しましょう」と言って、ペルーアンデスを睨んで中南米の担当に回る、と言う部分は、あきれるほどすごいと思った。
著者の山にかける信念、ネバーギブアップの精神など、見習うべき点は多いと思う。


最後に二つ本書から印象に残った部分を引用しておく。

『私が登山を継続してきた一番の理由は、登ったあとはその成果を忘れることにしているからである。(中略)
一つの目標を達成したら瞬間的には満足感を得るが、今度はここへ行こう、次はあの山を目指そうと、より高度な目標を立てて、それから先の夢がどんどん広がって現実に近づいていく。私にとって登山は夢そのものでありながら、夢を実現するための具体的なステップ、自分の目標をより高いところに設定するための自己研鑽の場でもあったのだ。』

『私にとって登山とは、体力の限界ではなく精神の限界への挑戦なのかもしれない。そういう意味では肉体の過酷な訓練とは、いついかなるときでも最善の判断をくだすための精神修養でもあるのだろう。』

ドン加藤の世界