「還るべき場所」(文藝春秋/笹本稜平)

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別冊 文藝春秋 2006年 11月号 [雑誌]

K2未踏の東壁に挑んだ翔平と聖美。しかし、ヘッドウォールで雪崩に遭遇。聖美が墜ちて宙吊りになってしまった。翔平からは聖美の姿は見えない。ロープの感触から、アセンダーを使って登り返しを始めたと思われた聖美だったが、突然ロープの加重が消えた。手繰ってみると、末端は鋭利な刃物で切断され、聖美の姿は消えていた…。


そんな衝撃的で謎めいたオープニングで始まる山岳小説が、「別冊文藝春秋」で連載開始された。
まさに、待ってました!という感じの本格山岳小説の開幕だ。
連載第一回にして、K2、冬季八ヶ岳(ジョウゴ沢、主稜)、マッキンリーと惜しげもなく繰り出される山岳描写、登攀描写の数々。
それがまたほぼ適確で、細かい!
連載第一回でこの完成度の高さと言ったら!
全編を通して、山山山の連続で、すごいとしか言いようがない。
著者は、『天空への回廊』でエベレストを描き、『グリズリー』で知床の山を描き、『駐在刑事』では奥多摩などの低山を描いてきた笹本稜平。
海(太平洋の薔薇)とか南極(極点飛行)などに浮気していたのが、やっと還ってきてくれた!というのが正直な感想。
まだ第一回目であるが、断言しよう。
これは山岳小説史に残る名作になるだろう、と。
まさに、笹本稜平の「還るべき場所」はここだったのだ。
冒険小説の得意なこの著者だが、いまのところ、「冒険」的な要素はない。このまま国家レベルの陰謀とかテロリストとかが絡んでこず、純粋な山岳小説になったら、もう全く言うことなしである。
「登るために登る話」
それが私が読みたい山岳小説なのだ。
今回、その片鱗は出てきている。

わたしは生きるために、生きていることがどれだけ素晴らしいかを実感するために山に登るのよ。ルールとして死が組み込まれているスポーツだなんて考えは人生における敗北主義よ。

もう、このセリフだけでしびれます!
連載がどれほど続くものか判らないが、これは今後に期待せざるを得ない作品だ。
さらに言うと「別冊文藝春秋」は『クライマーズ・ハイ』の連載誌でもある。
ひさびさにこれはすごいですよ!
単行本化が待ちきれない!
別冊文藝春秋


天空への回廊


グリズリー


駐在刑事