「生還者」(「完全犯罪証明書 ミステリー傑作選39」収録・講談社文庫/大倉崇裕)

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1月北アルプスの茂霧岳で遭難事故が発生。「山人会」という山岳会の弓飼啓介が、下山予定を過ぎても帰ってこない、とのこと。悪天のため捜索が難航するが、遭難から10日後、弓飼は“奇蹟の生還”を果たす。
同じ年の3月。今度は黒神岳で滑落者。黒神岳と茂霧岳は同じ山域で距離も近い。滑落したのは、小倉栄治。彼は、「山人会」のリーダーで、1月の茂霧岳での事故で捜索に協力していた。山岳警備隊の松山は二度目の奇蹟を祈るが、願いむなしく、小倉は遺体で発見された。
状況としては、岩稜帯からの滑落と見えたが、松山は小倉の死に不審な点を感じた。事故なのか、殺人なのか。調べていくうちに、過去の別の山岳遭難との関連が浮かび上がってきた。


1998年の作品。「捜索者」を読んだこと(2月14日19日参照)で、同じ作者の前作が気になり、読み返してみました。だいぶ前に読んだので、すっかり忘れていましたが、主人公である山岳警備隊隊長の松山は、共通だったのですね。そのほかにも非常に共通点の多い作品でした。


・最初の事故発生。間をおかず二回目の事故が発生する。
・調べるうちに、さらに過去の事故が関わっていたことがわかる。
・その事故の追悼文集を読んで、つながりのないと思われた二人の接点が見つかる。
・ラストは、松山と犯人が山の現場で二人きりで語り合う。


シリーズだから、あえて似た形式を取っている、という可能性もなくはないけれど、これでは、共通部分が多すぎるように思えました。「捜索者」で気になった「バースルート」という表現はこちらにもあったようで。
突っ込みどころもいくつかあるのですが、「捜索者」に比べてはるかに完成度は高いと感じました。全体にミステリ的要素よりも山の表現とか人間模様が重視されているようなので、動機やトリックなどの矛盾もあまり気になりませんでした。
山岳警備隊を辞めようか、と悩む松山のキャラクターもいい感じです。以下、引用。
『山に登ること、それ自体がリスクなんだ、という登山家もいる。たとえ、その先に死があると分かっていても、好きなものを追い求める気持ちだけは、どうしようもない。
松山自身、そうした意見には納得できなかった。確かに、山は容赦なく人に牙をむく。だが、山は決して冷徹なものではない。生と死の微妙なバランス。それが、山の魅力なのだ。死だけを追い求めて山に登るようなことは、決して行なってはならない。』
個人的に、山小説には、トリックなどより、こういう山に対する想いみたいなものを描く部分を求めているので、そういう意味でも満足できました。


一応、気になった部分を列挙しておくと。
・小屋に泊まった大学生たちはあの日何をしていたのか。ヘリに乗って下山するのも解せない。
・アイゼンの要不要が物語のポイントになるが、3月とは言え北アルプスの2000mを越える稜線なら、アイゼンは必須だと思われる(架空の山のことなので絶対とは言えないが)。
・警備隊の動きにムダがある。ヘリで4人先行、徒歩で11人が捜索に当たるが、先行部隊が遭難者の死亡を確認した時点で後続徒歩部隊は下山してよいのでは。
・その他(ヘリの使い方、遺体の収容法、アイゼンはテントの中を探してもたぶん見つからないだろう、「カラビナ、チェックしておけよ」ってどういう意味?、3月の雪解け水をちょっと触ったくらいで凍傷にはならない。など)
完全犯罪証明書―ミステリー傑作選〈39〉