「炎の岩壁」(新風舎/横山良則)

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炎の岩壁


北海道小樽市郊外にある赤岩山。そこには、高さ180mの不動岩西壁がそびえており、幻のルートと呼ばれる「佐々木ルート」があった。それは、初登攀以来42年間、第二登を拒んできたルートだった。
初登者の佐々木が久々にその壁を訪れたとき、そのルートに挑戦するパーティを目にした。しかし、まさに核心部を抜けたところで、トップを登っていた男は突然墜落してしまった。
トップのザイルは衝撃で切れ、そのまま80m下の岩壁基部に叩きつけられた。ビレイヤーは無事だったものの、トップはそのまま即死。
警察は事故として処理したが、墜落を目撃した佐々木は、その判断に納得できなかった。このパーティの登攀の様子におかしな部分があったからだ。


2004年1月発行で新刊ではありません。チェックから漏れていたので、いまさらですが。


赤岩山は実在する岩壁。著者もクライマーで、この不動岩西壁のルート開拓もしている。それだけに、緻密でリアリティのあるクライミング描写を期待した。
確かに、登攀シーン核心部での、一瞬、一手の緊張感はひしひしと伝わってくる。伝わってくるのだが……。
どうにも不自然な部分が多いのだ。
あとがきによると、著者がクライミングをしていたのは数十年前の話のようで、現在のクライミング事情には詳しくないらしい。そうは言っても、ハーケンとかザイル(本書の記述に合わせてロープではなくザイルと表記します)の使い方とか、そういう基本的な部分で、違和感を覚える部分が散見されるのだ。


12mm×30mザイルをダブルで使ってマルチピッチを登る?しかも、そのうち一本は中間支点にフィックスしながら登る?
セルフビレイは、ハーケン一本で行う?
ハンマーで脆い岩をたたき落としながら登る?などなど


逆に私は数十年前のクライミング事情に明るいわけではないのだが、当時はこういうものだったのだろうか。
全然クライミングを知らない作家が書いたのなら、笑ってすませられるけど、(昔のこととは言え)実際、ルート開拓までしたようなクライマーがこういう話を書くとは。


ライミングそのものを期待して読んだので、ストーリーとか文章力とかそういう部分には目をつぶりたい。でも、会話文の緊張感の無さはいったい何だろうか。真剣な話をしているのに、あまりにも嘘くさく芝居がかった台詞が交わされて、腰が砕ける。


命懸けで、殺人の証拠がある場所にたどり着いて、最初の台詞が「まず弁当を喰おう」。
殺人犯に出会うかもしれない場所に行くのに、主人公の奥さん(60歳前後)が「わー嬉しい」。


……。


と、批判ばかりしてしまったが、最後は主人公の台詞からの引用で締めておく。おそらく、これが言いたいがためにこの物語は書かれたのではないかと思われるから。この台詞の勢いで、ストーリーが流れてくれれば、申し分なかったのに。


『この不動岩は俺の青春だ。トラバースルートや兄貴の黒壁ルート、このスカイラインの稜線の完登と数々のルート開拓に青春の地を燃やした。あのひんやりとした岩の感触、そこに手を掛けると全身の血が騒ぐんだ。決して岩登りは恐ろしいものじゃない。自分の持っている技術をフルに使って登る快感。それ以上のことをやってはいけない。一つ技術を積み重ねて、一つ上のランクの岩を登る。絶対に技術を飛び越えてはいけない。技術を使って登ることが岩登りの醍醐味なんだ』