「岳」(小学館/石塚真一)

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山岳遭難救助ボランティアの三歩が、北アルプスの山で救助活動を行う話。


傑作。
一話一話で完結しており、短い中に内容が凝縮され、クオリティは高い。
遭難事故が起こり、三歩が出てきて、(生死はあるが)救助して終わり、というパターンがほとんどだが、それでも毎回しみじみと心を打つ。
それは、救助する側にもされる側にも、それぞれのドラマが描かれているからだろう。山に来て事故に遭ってしまう人間も、それなりの理由がある。単に無謀登山で訳もなく遭難してしまうのではない。その裏側・背景が、ちゃんと突っ込んで描かれるのが良いと思う。


人の死を描けば、重い話になりがちだが、主人公のキャラクターがそれを救っている。
三歩という男は、ひょうひょうとしているようで、芯にはまっすぐ一本強い信念を持っている。常に冷静な判断を下すことができ、また暖かい人間愛も兼ね備えている。「救助ボランティア」という立場も、組織に縛られず、単独で自由に動けると言う点で、非常に効果的である。
彼がいるからこそ、この物語はかなり救われているように感じる。
そして、彼と対比するように描かれるのが、県警救助隊の久美。彼女は、山にほとんど興味がないままに救助隊に異動になってきた。「山はなんて怖いところなのだろう」「そんな山になぜ登るのか」という疑問に対し、久美というキャラクターを通じて、少しずつ答えを見いだしていく。その辺の描写がまた素晴らしい。


山岳救助ものの山漫画は、すでに何作もあるが、明らかにこの作品は、傑出した完成度を持っていると思う。何度も泣かされた。
第3歩「写真」で、「俺、感動した。助かった君に感動した」というところ。
第4歩「イナズマ」で、死んだ遭難者の父親に三歩が謝罪するところ。
第5歩「頂上」で、遭難者が死んだとたんに重く感じるようになるところ。そして、そのあと久美が北穂に登るところ。
みんな印象的で、心が揺さぶされる。


装備や技術なども、かなりリアルに描かれていると思う。多少の違和感を感じたとしても、それは物語の素晴らしさに対しては、何の瑕にもならない。
ついでに言うと、漫画的なテクニックというか、見せ方も素晴らしく、とてもこれが作者のデビュー作だとは思えない。


ともかく、立ち読みでも何でもいいから、一話だけでも読んでほしい。きっと、もっと読みたくなるはずだから。