「山岳地形と読図」(山と溪谷社/平塚晶人)

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オンライン書店ビーケーワン:山岳地形と読図


登山技術全書シリーズ第8巻



※私自身が編集などに関わった本の紹介です。まずは、長い前置きから。

学生のとき、ワンゲルに所属して、ヤブ山をメインに活動していた。
ヤブ山とは、地図に登山道のマークがないような場所を、無理やりかき分けながら進む山登りだ。そこでは、ネマガリダケやら灌木やらツル草やらトゲトゲの木などが行く手を阻む。
軍手は必須。服は破れる。晴れていても、朝歩き出せば葉っぱにたまった夜露で身体は濡れる。雨が降ったらもう最悪。ドロドロぐしゃぐしゃ。
経験したことがない人には、何が楽しいのかよく分からないだろう。


しかし、人の手の入っていないところに足を踏み入れる、というプリミティブな感じが、たまらなく面白かったりするのだ。
ヤブのなかで誰も知らない高層湿原にぽっかり出たときの感動。ヤブを抜けて一般登山道に出たときの喜び。全体力、精神力を傾けて目の前のヤブをこぐという心地よい疲労感。

これらは、一般縦走はもちろん、クライミングでも味わえないものだ。
そして、そんなヤブこぎの楽しさのひとつに、読図がある。


当然、ヤブのなかに道標があるわけはない。
自分たちで道を決め、現在地を確認し、道を切り拓き、進んでいく。
ときにパーティは散開し、偵察部隊を出しつつ、進むべき尾根を探す。
ときにパーティは一つにまとまり、濃いヤブを押し倒しながら、ひたすら尾根上を直進する。
そこには、パーティ登山の真髄があった。


ゆえに、現在地確認ができることは、各人必須の能力で、入部したときから徹底的に教え込まれる。
一本取る(休憩する)ごとに、現在地を地図上で確認する。
一本を取った場所が、どこの尾根の標高何メートル地点にあたるか。それは、その日の夜、テントでのミーティングで発表することになり、間違っていたら上級生から檄が飛ぶ。新人にとっては、真剣勝負だ。もちろん、上級生も間違うわけにはいかないので、慎重に現在地を見極める。


休憩する段になって、突然地図を取り出しても、現在地が分かるわけがない。歩いている間から、さまざまな情報を得ておく必要がある。


ちょっと平らになったから、等高線の間隔が広いところに来たな。
さっきまで登っていたのが、下りになった、ということは、地図上のこのコブを越えたのか。
あっちに見える支尾根の方向考えると、今いるのはこのあたりか。


見通しの悪いヤブでは、得られる情報も少ない。その少ないヒントをフルに生かして、今いる地点を特定し、さらに、進むべき方向を見定める。


ヤブの下りはとくに厄介だ。調子に乗ってぐんぐん下っていくと、あらぬ尾根に入り込んでしまうこともある。下りでは、小さな尾根は分かりづらいし、少しの進行方向の違いが後に大きな違いになってしまう。コンパスを見て、尾根の方向を常に確認しながら歩かなくてはならない。


地図とコンパスを活用した読図能力なしでは、踏み入れることができない世界、それがヤブ山だった。


そのとき、培われた読図能力は、今でも身体に染みついている(と言っても、道を間違えることはよくあるのだが)。
そんな地図読み人間にはたまらない本が、発売された。
もちろん、ヤブ山なんて、自分には関係ない、という人も興味をそそられる内容になっている。


前置きはここまで。つづき(本題)は明日。