「山岳地形と読図」(山と溪谷社/平塚晶人)

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オンライン書店ビーケーワン:山岳地形と読図


登山技術全書シリーズ第8巻



※私自身が編集などに関わった本の紹介です(文章は書いていません)。
昨日の前置きの続きですが、本題はここからなので、昨日の分を読み飛ばしても、とくに問題はありません。

本書を手に取ったら、まずはオープニングのページを開いてほしい。
見開きの左に大きな写真。そして右には地図。
その地図に違和感を感じないだろうか。
そう、地図に書かれた文字がひっくり返っているのだ。
もちろん、これは誤植でも乱丁でもない。
左の写真と照合できるように地図の角度を合わせているのだ。
納得したら、あらためて、写真と地図を見比べてほしい。
地図が読めない人でも、写真と地図が対応していることが分かるだろう。
傾斜の緩い部分は等高線の間隔が広く、崖のような場所は等高線の間隔が狭い。
なんとなく面白いな、と思ったら、本文は流し読みで構わないので、最初の方をパラパラとめくってみてほしい。
ほぼすべてのページにおいて、写真と地図が対応して置かれている。
そう、この本の最大の特徴は、写真と地図が一対一で並んでいる、というそのことにある。そして、使用される地図は原則として原寸で用いられている。
地図読みの本は、これまでも数多く出版されているが、ここまで徹底的に、写真と地図の対応にこだわった本はないと思う。


ともかく、本書をパラパラ見ていけば、地図が、実際の地形を表している、という当たり前のことに気付くだろう。地図と写真を対比しつつ、「こういう地形は地図ではこう表されるんだ」と、パラパラ眺めながら、ただ流し読みする、それだけでも充分に面白い。


しかし、この本は、そこで終わらない。
地図読み初心者に対する導入はもちろんだが、ある程度地図を読める人たちにも読み応えのある本になっているのだ。


本文およびキャプションを読み込むと、じつに細かい「地図の読み方」が解説されていることが分かる。
はじめは、ダイナミックな山全体の話から始まるが、徐々に山の中の細かい部分に論が移っていく。
第4章は「現在地の読み方」。地図上に現われる小ピークから、地図上に表記されない「隠れた小ピーク」。さらには、コルの通過や支沢の確認など、地形図にある等高線のほんのわずかな変化から、何が読み取れるか、マニアックなほど細かいところを突いてくる。
たとえば、81ページの「沢沿いをトラバースする道」。
ここで紹介されるルートは、地図上の登山道の表記が間違っている。そんなとき、実際の登山道がどこを通り、写真の地点(現在地)がどこであるかを特定するためには、何を手掛かりに考えればいいか、ということを詳細に説明している。
現実問題として、地図上の登山道表記が間違っていることは少なくない。沢沿いを行くはずなのに、なぜか沢から離れた場所を歩いていれば、何か違う、と言うことは気付くだろう。そんなとき、現在地を特定するためにどうすればいいか、そのヒントがここにある。


話が細かくなってくると、地図と写真と本文(キャプション)を本気でじっくり読まないと、ついていけない部分もある。しかし逆に言えば、それだけ読み応えのあるものになっているということだ。
GPSについてはさらっと触れるのみ、高度計は完全無視、というのも潔い。そんなものは必要ない。地図とコンパスさえあれば(コンパスも補助手段でしかない)、現在地は分かるのだ、と徹底している。


また、本書には、「地図読みトレーニングのためのモデルコース」も紹介されている。本書を読めば地図の読み方が「なんとなく分かった」気にはなれるが、読図の能力は、実際に地図を見ながら歩いてみないと養われない。ここで紹介されているコースは、ただ歩くだけなら、ハイキング気分(ヤブを含むルートもあるが)で行ける山だ。しかし、「読図のポイント」を一つ一つ確かめながら歩くことで、今までと違う山登りの楽しさが見えてくることだろう。


読図というのは、本来楽しいものなのだ。
目に見えるさまざまなピースを地図と照らし合わせことで、どこか一点、カチッとすべてのピースが当てはまる場所が見えてくる。それが現在地となる。まさに、ジグソーパズルのような気分であり、ここしかない、という現在地が分かったときの喜びは、ある種独特のものがある。


最近、ヤブ山に行っていないが、またあの緊張感を求めて、真剣に読図のできる山に入ってみたいな、と思わせ、地図読みの楽しさを再認識させてくれる一冊となっている。


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