「遠き雪嶺」(角川文庫/谷甲州)

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遠き雪嶺(上)


遠き雪嶺(下)

2002年に単行本で発売された山岳小説が文庫になりました。
実際にあった戦前のヒマラヤ登山の事実をもとにしたフィクションです。
そのときの感想を引用しておきます。

昭和十一年。ヒマラヤの処女峰ナンダ・コートを目指した日本人の物語。それは、日本人にとって初めてのヒマラヤ遠征であった。


 山岳小説というよりも、ほとんどノンフィクションのドキュメンタリー。
 超人的なクライマーが出てくるわけでもなければ、反政府ゲリラとの死闘があるわけでもない。ヒマラヤに憧れ、そしてその夢を実現していく立教大学山岳部の面々。彼らの遠征に対する準備、キャラバン、登山活動が克明に綴られているのみだ。山以外のことは全くない、あくまで純粋なヒマラヤ遠征の物語。


 しかし、それは単なるドキュメンタリーではない。谷甲州の筆力によって、それぞれの登場人物に血と肉が与えられ、生き生きと息づいている。まるで、著者がその場にいたかのような緻密な描写には驚かされるばかりだ。報告書や隊長への取材だけで、ここまで描ききるというのは、さすがというほかない。取材、構想に十年を費やしたというその歳月が、この重厚な物語を生んだに違いない。
 序章、そしてクライマックスの登攀シーンは、やはりこの著者の真骨頂だ。ナンダ・コートの頂が、まさに目の前にそびえ、立ちはだかっているのを感じる。頂上直下の雪庇をピッケルで削り、『天につづく回廊』が開いたそのとき、目頭に熱いものが溢れた。登頂成功という結果が分かっているにもかかわらず、手には汗を握っていた。