「ドキュメント道迷い遭難」(山と溪谷社/羽根田治)

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ドキュメント 道迷い遭難




ある程度山登りを続けている人なら、多かれ少なかれ、山で道に迷った、と思う経験のない人はいないのではないだろうか。かくいう私も、しょっちゅう道を間違えている。
低山では、中央線沿線の高柄山という何でもないところで、進むべき尾根を間違えて、そのまま反対の集落に降りてしまった。雪山では、八方尾根で風雪に巻き込まれて、やっぱり尾根を間違えた。このときは気づいた時点で登り返して正規ルートに復帰した。岩登りのアプローチはよく間違える。唐沢岳幕岩では、登り終えたあと、下降路までの踏み跡を見失って、同じ場所を何度も行ったり来たりした。
そのほか、ちょっと道を失い、でもこのまま行けば、どこかで合流するだろう、と強引に進んでしまうことは、山行の数回に一度は必ずあると言っていい。
ずっと地図と地形を見比べながら歩いているわけではなく、基本的には登山道(または踏み跡)を頼りに進んでいくので、気づいたときには、この道何かおかしい、ということになっていることが多い。


この本に出てくる遭難の例も、一歩間違えば、誰しも陥ってしまう可能性のあるものばかりだ。ほんの一歩の間違いが、その先の判断をも誤らせて、取り返しのつかない事態を巻き起こす。幸いなことに、取り上げられた事例は、すべて遭難者が生還しているものばかり(一部負傷している例もあるが)。そのため、具体的に、道に迷った際の心理が本人の口から語られているのが興味深い。
正月の北アルプスで下降中に沢に迷い込み、氷瀑を降りていくと、最後は滝壺が口を開けていた。そのときに、「もう死んでもいいや」という気分で極寒の滝壺に飛び込んでしまう話。
秋の南アルプスでやっぱり沢に迷い込み、一旦尾根を登り返したものの、結局また同じ沢に戻り、滑落してケガをしてしまう話。
冷静に考えると、なぜそんな行動を……、と思うことばかり。しかし、パニック状態になった遭難者の心理では、ふだんでは想像もつかないようなことを考えてしまうのだろう。


「道に迷ったら来た道を引き返せ」
「道に迷ったら沢を下らず尾根に登れ」
そんなことは、多少山をやっている人間なら、判っていることだ。判っちゃいるけど、引き返せない。判っちゃいるけど、下りたくなる。そこが人間心理の不思議なところ。


道に迷ったとき、すぐに元のルートに戻るか、深みにはまっていくかは紙一重
さらに、一旦深みにはまってしまったときには、生と死の境すら紙一重になる。
この本に取り上げられた事例も、偶然助かった、という要素が強いものが多い。何かがズレていたら、行方不明のまま、何年も遺体が見つからなかった、という可能性も強い。


道迷いの怖さを知れるとともに、迷った人間がどういう心理になり、どう判断し行動をするか、思い知らされる一冊。