「駐在刑事」(講談社/笹本稜平)

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駐在刑事


 『天空への回廊』でエベレスト、『グリズリー』で知床の山を舞台にし、そのほか南極やら海洋やらを舞台にした冒険小説を得意とする笹本稜平が挑んだ警察小説。
 今度の舞台は、奥多摩。主人公の江波は、警視庁の刑事だったが、ある事件により奥多摩の駐在所に赴任されてきた男。彼の周りで起こった事件を六編を収録した作品集。
 いつものような派手なアクションシーンや大掛かりなギミックはないものの、ひとつひとつがミステリ的によく練られた小説となっている。二転三転する物語は、事件なのか事故なのか判らないまま展開していくものが多く、読むものを飽きさせない。六つの話には、緩いつながりはあるものの、それぞれが独立して読むことができる。
 とくに秀逸なのが「秋のトリコロール」。休暇を利用して、北鎌尾根を目指す江波とパートナー。ルート上で出会ったのは、その場にはそぐわない軽装をした独りの中学生。引き返すように説得したが、結局、江波のパーティと同行して登ることになる。次第にわかってくる少年の素性と事情。最後で明かされる真実には涙を誘われる。
 六つの物語を通して、登場人物たちは少しずつ成長し、それぞれの関係にも変化が現れる。シリーズはまだ充分続けられそうなので、続編を希望。それにしても、冒険小説家というイメージが強い笹本稜平が、こういうミステリも書けるんだ、ということに驚いた。「小説現代」での連載をたまに見ていた限りでは、小粒で地味な作品だな、と思っていたのだが、まとめてちゃんと読むと、物語同士の繋がりも、登場人物たちの人間性も魅力的で、ついつい話に引き込まれてしまう。嫌なヤツだった加倉井がちょっとだけ見せる優しさ、というのはありがちな展開とはいえ、感動させられた。