「クライム」(角川春樹事務所/樋口明雄)

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クライム


 山岳冒険小説の旗手、樋口明雄が送る山岳小説第3弾。タイトルの「クライム」はcrime(犯罪)とclimb(登攀)のダブルミーニング。その名の通り、ダークノワールで、登場人物たちはみんな悪人という、いままでにない山岳小説。主人公はアル中でヤクザに追われる男。その主人公を追う刑事は収賄や恐喝をする悪徳警察官。さらに台湾マフィアの殺し屋まで入り交じって、三つ巴、四つ巴の争いが始まる。
 前半第一部は、新宿の裏社会をひたすら描き続ける。第二部になり、ようやく山に向かうのだが、目的は、墜落したヘリに残された20億円を回収する、というもの。徐々にそれぞれの登場人物の暗い過去が少しずつ明らかになり、背負っているものが明かされていき、物語は厳冬期の南アルプスでクライマックスを迎える。著者自身が南アの麓で暮らしているだけあって、そのあたりの山の描写はリアル。ホームセンターで急遽そろえた雨具や長靴で冬の北岳に登ってしまうというのは無茶苦茶だが、その分、彼の執念がひしひしと伝わってくる。
 20億という金を求めて山に登った主人公の感情が少しずつ変化していき、かつて純粋に山を登っていた頃のことを思い出していくという展開はおもしろい。暗黒小説ではあるが、読後感がさわやかなのは著者の力量がなせる技なのだろう。
 山岳冒険小説ももちろんよいのだけれど、この著者が描く純粋に山に登る話を読んでみたい。人物の描き方も山岳描写もすばらしいので、あえて、20億円の争奪戦(本書)とか、秘密のMOの争奪戦(『狼は瞑らない』)、ヤクザとの復讐戦(『光の山脈』)などにしないで、「登るために登る」話を是非是非読んでみたい。この著者なら書けるはず。