「感謝されない医者」(山と溪谷社/金田正樹)

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感謝されない医者―ある凍傷Dr.のモノローグ


「凍傷といえば、金田先生」というのは、山の世界ではかなり知られている。私自身は、幸いにしてお世話になったことはないが、名前だけはこれまでもよく耳にしていた。
凍傷にかかった人からの質問で、金田先生は今どこの病院に?という話もよく聞いた。
その金田先生が(嫌々ながら?)書かれたのが本書である。


冒頭からしてネガティブで、「凍傷治療なんてやりたくない」という雰囲気がぷんぷん伝わってくる。なぜなら、凍傷治療は、手足指の切断につながることも多く、そうなれば、患者は医者に感謝するわけもないからだ。また、切断した側の医者としても、敗北感にさいなまれることになる。
そもそも、

毎日診ている患者の数からすれば、凍傷例はきわめて少ない。しかし、その数が増えるに従い、この症例は避けたいという心境になった。切断術が嫌で嫌で、どうしようもなく嫌でたまらない。(p5)

私は凍傷治療の「第一人者」でも「権威」でもない。誰が載せたのか知らないが、多くのインターネットのページにそう載っている。(p13)

と語る金田先生だ。
そうは言っても、凍傷治療を専門にしている医者は、ほとんどおらず、結局、世界中から凍傷患者がなんだかんだと金田先生のところにまわってくる。そうなればもう、やりきれなくなるのも判る話だ。


ただ、この本は、そんな凍傷の症例を単に並べているだけではない。
悲惨なはずの切断術も、金田先生の筆にかかると、なぜかクスリと笑えてしまうような話になるのが不思議だ。おそらく、それは、先生の軽妙な語り口にあるのだろう。とにかく、話がおもしろいので、ぐいぐいと読まされてしまった。


話は凍傷のことだけではなく、アフガニスタン野戦病院の話などかなりシリアスな部分もある。ここのくだりは、凍傷とは関係ないのだが、本書ではもっとも印象に残った箇所でもある。
また、加藤保男、吉野寛、山野井泰史、妙子など印象的な患者の話なども掲載されている。すでにこの世を去ってしまった人の話もあるが、ほとんどの人は、手足の指を失っても、ふたたび山に向かう意志を持ち、また実践している。その姿には、なんのハンディも持っていない私にとっても、勇気をもらった気分になれる。


第7章「凍傷の病態」のみが、学術的なお話。
専門用語も多いが、冬山、高所登山を志す者としては、ぜひ読んでおきたい内容となっている。800例近い患者を診察してきた経験に裏打ちされた凍傷治療の実態は、さすがに真実みが重く、いままでの常識がくつがえされるような部分もあり、大変興味深い。