「時よとまれ、君は美しい」(角川文庫/アンソロジー)

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時よとまれ、君は美しい―スポーツ小説名作集 (角川文庫 あ 100-1)


スポーツ小説名作集ですが、このなかの石原慎太郎『北壁』が山小説。
初出は、『新潮』1956年6月号。のちに二見書房から「山岳名著シリーズ『北壁』」としてまとめられました。
同書には、「北壁」「谷川」「それだけの世界」「失われた道標」 の4編が収録されていますが、どれも名作。71年初版で、現在は絶版だと思います。
この本は、山小説のうちでも、猛烈に復刊希望してる一冊。石原慎太郎は、「海」のイメージが強いですが、山を書かせてもすばらしいです。
こういう形でも再び世に出てきたのであれば、喜ばしいことです。


読んだ当時の感想を再掲しておきます。

アイガー北壁がまだ未登だった時代、その壁に挑んだウェスリングをはじめとする四人の男たちがいた。雪崩、落石、そして極限のビヴァーク。アイガーは、容赦なく彼らに襲いかかってきた。ウェスリングの妻クリスは、北壁の見えるホテルの壁から、主人の姿を見つめていた。そんな中、メンバーの一人が落石を頭に受けた。それにも負けず彼らは前進を続けたが、壁に入って三日目、ついに敗退を決める。しかし、彼らにはさらなる過酷な試練が待ち受けていたのだった。


 この物語は、アイガー北壁で起こった現実の事件をモデルにしているらしい。アンデルル・ヘックマイアーの「アルプス三つの壁」を題材としているようだが、私はその著作を読んでいないし、実際の事件の顛末も知らないので、どこに脚色があるとか、どの辺がそのまま引き写しであるのかということは分からない。
 アイガーがほかの山と最も異なるのは、壁の様子が下界からよく観察できるという点ではないだろうか。望遠鏡を使えば、登攀者の姿はすぐそこに見える。しかし、実際の距離はあまりにも遠く、決して手を出すことのできない空間がそこに横たわっているのだ。そこにドラマが生まれ、悲劇が引き起こされる。
 山岳小説としては、かなり本格的なもので、話として(表現として不謹慎であるが)面白い。
 比喩、表現、文章のリズムなど、さすがに作家として身を立てているだけあって(今は都知事だが)、読み手をうならせるものがある。こういう「言葉の使い方」は、山を登っているだけでは、身に付かないものだ。そして、物語は緊張感を保ったまま、衝撃のラストを迎える。あまりにも悲劇的な結末は、これが現実に起こったことであるからこそ、悲しみが倍増する。中編として、この事件に絞って書いているのがまたよい。ぎゅっと濃縮された、密度の濃い小説になっている。